ふと以前読んだナボコフ「ロリータ」のことを思い出したときに天啓のように閃いたのですが
あれは男は過去しか見ていない生き物だということを書いてるんじゃないかなあ。
いつだって男は少年時代に回帰することを望んで生きているように思います。
今年の夏は個人的に非常につらいです。
何がというと、ノミの襲来が・・・ペットなんて飼ってないんですけどね。
おそらく裏の庭を野良猫がうろついて落としていくんでしょう。
それにしても困るのは、ノミに噛まれて退治のために布団を干して掃除機かけて・・・とやって
出なくなったなと安心した頃に再び噛まれる・・・というのをもう三度くらい繰り返してることです。
数えてみたら全身で23箇所も食われた痕が。これ、何ヶ月も残るから嫌なんです。
さすがにアレなんでこちらの本気を見せるためにダニアースを買ってきました。
明日使ってみることにしましょう。それとしばらくは用心のため長袖で寝ないとね・・・
指まで噛まれてるから手袋もしたい気分ですが暑さで死ぬかしら。
拍手への私信:
どうもお久しぶりです先生。なんていうか月日のたつのは早いというか
結婚なんて予想の範囲外でしたね
私も大金持ちで余命幾許もないお婆さんとなら結婚したいです
暑い盛りでつい水分をとりすぎになったりしますが
容器によって飲み物の印象というか味がぜんぜん違ったりしますね。
コーヒーは缶で飲むのはいいけどペットボトルだとどうも美味しく感じられないし
紅茶は缶入りだと金属の味が気になってダメですねえ。
それはそうと貼り忘れてた4コマの続き。
最近ちょっと描く意欲が減退です・・・
池内紀編・岩波文庫「尾崎放哉句集」
見目誠「呪われた詩人 尾崎放哉」
放哉の名は知らなくても、「咳をしても一人」という代表的な句はおそらく
聞いたことのない人はいないんじゃないでしょうか。
どうも自由律俳句というのは実にあやうい成立の仕方をしてる文学でして、才能のない人が作ってもCMのコピーとか単なるつぶやき程度のものにしかなりません。
その辺の事情は、放哉と山頭火ぐらいしか名の知れた俳人がいないことをみてもわかるかと。
とまあ、こういう下手な説明よりも実際の句に触れてもらうのが早いですね。
私が個人的に好きな句をいくつか上げてみますので、それで放哉の詩情に触れて頂ければと思います。
潮満ち切つてなくはひぐらし
夕べひよいと出た一本足の雀よ
何か求むる心海へ放つ
蟻が出ぬやうになつた蟻の穴
針に糸を通しあへず青空を見る
漬物桶に塩ふれと母は産んだか
なんにもない机の引き出しをあけて見る
釘箱の釘がみんな曲つて居る
すばらしい乳房だ蚊が居る
海が少し見える小さい窓一つもつ
壁の新聞の女はいつも泣いて居る
花火があがる空の方が町だよ
墓のうらに廻る
北方謙三「三国志」をポツポツと読み進めています。が・・・
どうもあれこれと引っかかるところの多い小説ですねこれ。
例えば劉備が、王室の高貴な血が云々と日本の勤皇思想家みたいなことを言い出すし
予定調和的に結果を見通してるとしか思えないような行動をとったり
孫策がまだ生きてる頃にもう建業なんて地名が出てきたり
これは気分的なことかもしれないけど畠なんて国字をやたら使ってたり
字(あざな)というものがどんなものなのかわかってないような会話とか、あまり詳しく調べて書いてる感じが
しないですね。
うーん・・・半端に知識があるといろいろ気になるけど、そうでない人には面白いのかもしれない。
実際、死に様というか死に向かうドラマを描き出すのは上手いと感じましたし、スポットのあたった人物の
内面描写は引き込まれるものがあります。
曹操や劉備の夢の果てがどうなるかということで、もうしばらくつきあってみようと思います。